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 いよいよ
  冬到来です・・・
   

 ここでは、普段から私が考えていることを徒然に書いていきます
 内容は何を書くかわかりませんので、暇な人は見ていってください
 ひょっとしたら私の性格分析ができるかもしれません。


 【12月編】

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★2002.12.30 ・・・・・  大掃除考  ・・・・・

 年末になると、新年を新たな気持ちで迎えようということで、どこの家庭でも大掃除をします

 風家も、普通の家庭と同じように、年末になるといちおう大掃除をすることにしています。とても小さな家ですので、そんなに時間がかからないかというとそうでもなく、2日間ほどかかってしまいます。お勝手まわりから始まり、部屋・風呂・トイレなどなど、はたき掛けから始まり、窓拭き・障子の張り替え、家の周囲の片づけなどなど、非常にたくさんのやることが出てきてしまいます

 毎年、大掃除が終わると、思うことがあり、きっと誰しも思うことでしょうが、それは、『なぜ、少しでも早くからやらなかったのだろうか?』ということです。換気扇周りの掃除、障子や襖の張り替え、家の周りの片づけなどの面倒くさいことなどは、10月とか11月の雨の日にでも済ませてしまえば、わざわざ忙しい暮れにやることはないのに・・・・・ と、大掃除が終わると、毎年、思ってしまうのですが、いまだかつて実行できたことがありません
 それは、10月や11月の時点では、まったく憶えていないからなのです。そうして、毎年、年末になると、『あっ、少しでも済ませておけば・・・・・』と、いつも悔やんでいるのです。来年こそは、いくつかのことを早めに済ませたいと思っています

 
 本日の写真は、昨日行った障子の張り替えのようすです。いつもはカミさんがやるのですが、今年は、僕がやってみました。子供達に紙を剥がさせ、桟に水を含ませて糊を剥がし、乾燥させてから、新しい障子紙を貼るという作業を黙々とこなすのですが、これもやりだすとなかなか面白い作業でして、最初はなかなか思ったように貼れなくて、少しイライラしたのですが、精神統一をしないと思ったところに糊がのらなくて、久しぶりに集中して仕事をしたという気分になれました
 最終的に4枚の障子を貼り替えたのですが、最後の頃になると、ようやくコツみたいなものがわかりかけてきた時には、終わりでした
 来年は、もう少し上手に張り替えることができるかもしれません




★2002.12.28 ・・・・・  9連休に突入  ・・・・・
 昨日で、今年の仕事も終了し、今日から9連休に突入ですが、今日は、1日中大掃除に明け暮れていました
 少し前の話になりますが、「千と千尋の神隠し」という映画が、アメリカの映画賞などで三冠王を獲得したそうです

 僕も宮崎アニメは、嫌いではなくどちらかと好きな方なのですが、今までは劇場で見たこともなく、いつもTVの映画番組か、買ってきたビデオで見ているくらいでした
 この「千と千尋の神隠し」というのも、数ヶ月前にビデオが買ってあったのですが、なかなか見る機会がありませんでした。先日、少し時間があったので、どうだろうか?・・・・ということで、さっそく見てみました
 興行収益も日本映画史上歴代NO.1だし、ベルリン映画祭でも金熊賞を受賞するなど、すこぶる評判も良かったので、楽しみに見たのですが、正直言うと「少しがっかり」という感じでした。別に悪い映画ではないとは思うのですが、僕の思いこみが強すぎたのか、さほどのインパクトを感じることもなく、なんとなく淡々と映画が終わってしまったという感じでしょうか・・・・・

 「風の谷のナウシカ」を最初に見たときのような、ある種の衝撃を感じるわけではなく、「紅の豚」を見たときのような大人の男の色気を感じるわけでもなく、「トトロ」のようなロマンとメルヘンを感じるでもなく、なんとなくこの映画の良さを理解することができないうちに見終わってしまいました

 そんな映画が、数ある映画賞のアニメ部門賞を総なめしそうな勢いであるとは、何とも驚きを感じています
 確かにアニメにおいては、日本は世界のトップと言われ、アジア諸国だけでなく、アメリカやヨーロッパにも、アニメ雑誌やビデオなどが輸出され、人気であるという事を聞くと、今回のさまざまな受賞も理解することはできるのですが・・・・・
 どうせなら、これを機会に、前の作品なんかも英語吹き替え版を作って、世界中に配信してみたらどうだろうか・・・と、思います。そうすれば「トトロ」や「紅の豚」などは、ヨーロッパで受けるような気がするし、アメリカでは何が受けるのでしょうか?

 ちなみに、僕の好きなものは、なんといっても『紅の豚』です。アニメでは、ちょっと、珍しいハードボイルドもので、何ともいえない「男の哀愁」みたいなものを感じて、ついつい見入ってしまいまう作品です。舞台がアドリア海というのも、僕には、泣かせるシチュエーションでした
 つい先日も、思い立ってビデオを探し出して、3日間かけて見直したのですが、やっぱりイイ映画でしたね





★2002.12.24 ・・・・・  クリスマスの思いで  ・・・・・
 
 タイトルは、なんとなく意味深な感じがするものなのですが・・・・・
 色気には、まったく縁のない生活をしてきましたので、たいした思い出ではありません

 クリスチャンではないので、クリスマスを祝う(?)こともないのですが、小さい頃から、なんとなくケーキを食べたり、チキンを食べたりしていたのを思い出します。いったい、いつから日本にもこのような風習(?)が入ってきたのでしょうか? 30年以上も前から、僕の住む山梨の片田舎でも、クリスマスにはケーキを食べたりしていました
 両親から、たまには、プレゼントらしきものも貰っていたとは思うのですが、ほとんど憶えていないのですが、1度だけ憶えているものがあります。ひょっとしたらクリスマスの晩にもらったものではないかもしれませんが、それはプラモデルなのです
 小さい頃は、戦車のプラモデルを作るのが好きでして、いろいろと作っては遊んでいたことがあります。そのなかでも、一番好きだったのは、ドイツ軍のタイガーT型という戦車でした。あとから調べてみると、当時は、世界最強の戦車で、ドイツ陸軍の中核をなす戦車だったのです。なぜ、この戦車が好きだったのかというと、優れたメカニズムを見るとなんとなくあこがれてしまう少年であったことと、無骨なまでのその重厚なスタイルでした。その戦車のプラモデルを買ってもらい、夢中で作ったことを思い出します

 本日の写真は、家の近くの宝石屋さんのクリスマスイルミネーションです。昨年までは、ミッキーマウスの飾りはなかったのですが、今年初めてつけられたようです





★2002.12.23 ・・・・・  自然治癒力  ・・・・・
 
 ストレスといえば、万病の元と昨日書きましたが、この根本にあるのは、人間の持つ「自然治癒力」というものを信じているからです

 自然治癒力というのは、本来人間だけでなく、あらゆる生物が備えている能力だろうと考えています。このような生物体自身が、自分の身を守る機能みたいなものなのですが、僕はかなり重要な機能(能力)の一つではないかと考えているのです
 生命体の持つ根元的な意味(意義)というのは、「生き残る」ということと「子孫を残す」の二つであろうと思うし、子孫を残す前には、生き延びるということが、まずは前提にあると思います。ですから、生き残るために必要なさまざまな要素を備えていなければ、いわゆる生存競争に勝ち残る事はできません。その能力とは、先天的なものもあれば、後天的なものもあるでしょう。細かく挙げればキリがないので、あえて触れませんが、生き残るためのメインは「生存していくための知恵」と、生命を維持していくための「生理的な機能」の大きく二つに分かれるような感じがしています
 今回話題にしている自然治癒力とは、後者の機能のなかでも最重要な機能ではないかと考えています。人類の歴史は、感染症との戦いと一部では言われているくらい、わかっているだけでも、さまざまな感染症に襲われ、時には数千万という単位で生命が亡くなったことすらあります

 世界中どこにでも宗教はありますが、宗教の発生なんていうのも、感染症による死者の増大などを恐れたことからできてきたのもたくさんあるはずでしょう。それくらい感染症は人類から恐れられていたし、その恐怖は、これからも永遠に続くことでしょう
 常に、死と隣り合わせで繁栄を続けていた人類でありますが、生き残り子孫を残してこれたのは、ひとえに、生きるための知恵を持った人々と、感染症に罹患しなかった、あるいは、感染しても生き延びることができた「自然治癒力」を持った人達です。つまり、現在、生きている人達は、それらの先人の遺伝子を有しているはずですから、昔の人々よりも「自然治癒力」は高いであろうと想像しています
 もちろん、医学が誕生・発達し、環境衛生面での向上と、さまざまな要因はあるのですが、人類ははるかに長生きになりました。医学的な証明はできないのですが、自然治癒力の向上というのも見逃せないファクターの一つではないでしょうか

 医学の発達とともに、自然治癒力などは忘れ去られていた言葉でしたが、近年、少しずつその言葉も聞くようにもなりました
 聞くところによると、脳内物質がこの自然治癒力を高めるのに一番効果があるそうです。?−エンドルフィン・ドーパミン・セロトニン呼ばれている快楽物質で、反対にアドネナリンなどは、自然治癒力を低くしてしまう物質であるということも、わかってきたそうです

 先日、テレビの番組に長野オリンピック短距離スケート金メダリストの清水宏保選手がでていました。個人競技部門で世界の彼の練習方法は独特でして、「破壊と再生」を根本に行っているそうです。これはどういう事かというとですね、激しいトレーニングを行うことにより筋肉組織(筋肉を繋いでいる細い腱みたいもの)を断裂させ、それが再び繋がり合わせることにより太く強靱な筋肉組織を作るという方法でトレ−ニングを行っているそうです
 なぜ、このようなハードなことをするようになったのかというと、それは、幼少時の体験にあるようです。彼は子供の頃、いわゆる「喘息持ち」だったそうです。少し運動をすると、すぐに喘息の発作を起こし、動けなくなってしまい、運動やスケートを続けることができなかったそうでした
 しかし、無理しても運動を続けていると少しずつ発作の間隔が長くなり、なんとなく「このようなことを続けていると、もしかしたら喘息も治るのでは・・・・」と、無理をして運動やスケートを続けていて、最後は自力で治してしまったそうです
 このような幼少時の体験を元に、筋肉を「破壊と再生」させるという独自のトレーニング法を考え・実践し、世界の頂点に登り詰めるとともに、いまなおトップを維持しているのです

 僕も、小さい頃は、喘息(小児喘息ではなく、普通の喘息)を患っていて、医者からは見放されていたのですが、やはり、彼と同じように感じで運動(といっても、僕の場合は遊びですが)を続けることにより、喘息を治しました。しかし、その後も呼吸器系はいぜんとして弱く、風邪をひくとすぐに肺炎を併発してしまい。高校生の時までは、年に1〜2回は肺炎で入院するなどしていました
 そうして、大学生になった時に、前回話題にしましたお医者さんと酒を飲んだ時に、「病は気から」というような話を伺った時に、「なるほど」と思い、自分の考え方を改めることにしたのです
 それは、どのようなことかと言うと、それまでは、「僕は呼吸器系が弱く、風邪をひくと肺炎になってしまうかもしれない」と思っていたのを、「実は呼吸器系は弱いのではなく、そのように思いこんでいたのが肺炎を起こした原因なんだ」という感じに思いこむようにしたのです。そうしたら、何と不思議なことか、今に至るまで風邪をひくことはたまにはあるのですが、肺炎になることは一度として無く今日に至っています
 ボクサーが試合中に、瞼(まぶた)の上などを切る事があるのですが、そのままでは、ドクターストップで負けてしまうので、止血をしなければなりませんが、優秀なボクサーは、自力で止血すると言われています。つまり、自分の意志で出血するのを防ぐというものなのですが、もちろん、医学的には不可能と思われるのでしょうが、現実に優秀なボクサーは、自らの意志で出血を止めるらしいです
 僕の呼吸器系の場合も、それと同じで、自分の意志によって「風邪→肺炎」という悪循環を防いだのではないかと考えています。つまり、自然治癒力には、医学的に実証されている脳内物質のようなものばかりではなく、人間の持つ「意志」というのも、治癒力の一つではないかということなのです
 「病は気から」という言葉も、人をリラックスさせて脳内物質を放出させるとともに、意志をも持たせるという二重の意味がある言葉なのではないかと思っているのです


 体が弱いと感じている人は、ぜひ、実践してみて下さい





★2002.12.17 ・・・・・  疲労困憊  ・・・・・
 
 どうもこのところ疲れが上手にとれていません。歳といえば歳のせいもあるのでしょうが、それだけでもなさそうな感じがしています

 その原因は、やはりストレスのようです。やってもやっても終わらないエンドレスのような仕事にも辟易としてきたりしています。もちろん、他にもいくつかのストレスを感じてもいます
 なるべくストレスを感じないように生きようと努力はしているのですが、自分の力で解決できなかったり、抗えないものについてはどうしようもないのですが・・・・・まあ、このようなものでも運命だとしてしまえば、少しくらいは気持ちも楽になるのですが、そんな簡単なことを、なかなかできないのも人間ですね
 僕は、「ストレス=悪」だと思っています。ストレスを感じてのデメリットならたくさん浮かんでくるのですが、メリットなどは、どう考えても浮かんできません。「風邪は万病の元」と言われていますが、僕は「ストレスこそ万病の元」とすら考えています
 医学的な知識はまったくわからないのですが、ストレスを感じることがある一定の度を超えてしまうと、いろいろな病気になってしまうのではないかと思っています。もちろん、なるべくして病気になる人もいるとは思うのですが、けっこうたくさんの人がストレスに起因する病気になっているのではないかと考えているのです
 昔から、「病は気から」、「気は病から」などと言われていますが、まさに、そのとおりなのかと・・・・・
 大学生の時に、アパート近くの焼鳥屋さんで飲んでいた時、ある時、お医者さんと一緒に飲む機会がありました。その時に「君、病気になる人の70%くらいは、病気になるべくしてなったのではなく、自分で病気になってしまったんだよ」と言うようなことが話題になり、「えっ、では、なぜ病気になってしまうんですか?」と、尋ねたところ、「ほとんどはストレスだね。本人は自覚をしていなくても、確実にストレスが貯まってるし、心配性の人なんかは、その典型的だよ」みたいなことを言われたことがあります
 当時、なんとなく身に覚えもあったもので、「なるほどなぁ〜」と、いたく感心してしまい、ストレスに関する僕の認識は大きく変わりましたし、実際、人生観や生き方すら変わりました

 「君も社会人になったら、ストレスを上手に発散する方法を身につけたり、ストレスと上手に付き合うことを憶えておくと、長生きできるかもよ」・・・・・まったく初対面の見ず知らずの人でしたが、僕もストレスを貯めないことを人生訓の一つとして実践しているのですが、みなさまは、どのようにしているのでしょうか?




★2002.12.9 ・・・・・  高速道路  ・・・・・
 
 今日の新聞のトップは、道路関係四公団民営化推進委員会の最終報告に関することでした

 山梨の地方新聞でも、トップにでかでかと掲載されるとともに、他のページでもかなりの紙面を割いて、この関係記事を特集していました
 面白いポイントは、次のようにいくつかあります
1.委員長が辞任してから、強行採決が行われた
2.報告書の中味
3.今後の展開

 1の事については、まさに前代未聞の出来事で、普通、政府の主宰する委員会や審議会などは、なんとなく事務局(官僚)が作った素案を、そのままの方向で決まってしまうというのが、よくあるパターンなのですが、この委員会ほど、意見や議論が対立したり、紛糾したりするというのは、近年ではほとんど無いのでは、ないでしょうか。挙げ句の果てには、委員長の解任動議が出されたり、最後の土壇場では、委員長が辞任をしてしまいながらも、なんとか最終報告が出されました
 2については、細かいところはともかく、今後は、四つの民間会社に移行して、債務の返済を優先することとし、通行料を値下げするとともに、新規の有料道路は造らないという感じなのです。ということは、最終的に返済をすませても、バカ高い高速道路の通行料金は、いつまでたってもタダになることはなく、通行者に負担を及ぼすということで、なんとなく、納得がいかないような気がします
 3については、すでにいろいろと動きが出ているようで、「委員長が辞任した委員会の意見などは無効である」とか、「首相に任命責任がある」とか、「乱世だから時にはこういったことがあってもイイ」と首相が言えば、「道路を作らないということが、国や国民の役に立つのか」と族議員が言い、「我が町や村に高速道路を」と地方首長は言い放つ始末で、なんともはや、無責任の言質が飛び交う始末です
 今後はどうなってしまうのか。楽しみでもあり、不安でもあります

 道路の要不要はともかく、「どれほどの緊急性があるのか?」とか「費用対効果はどうか?」「採算性はどうなのか?」などをまったく無視して作られてきた結果が、今の40兆円という天文学的な負債の金額であるので、この委員会だけで終わらせるのではなく、引き続き高速道路議論を続けていって、報告は尊重しながらも、必要な道路は計画的に整備を行い、利用者の便に供するような道路行政を行ってもらいたいものです
 
 
 本日の写真は、先日、初めて通行した東海北陸自動車道の写真です。この位置は、名神高速から分岐してすぐの部分ですので、しばらく高架が続いているところです。通行区間は少なかったのですが、通行量も少なくたいへん通行しやすい道路であったのですが、冷静に考えると、もの凄く高価な道路なんでしょうね〜




★2002.12.5 ・・・・・  ラーメン道  ・・・・・
 
 ガチンコ・ラーメン道も終わってしまい、いよいよ見たいと思うテレビがなくなってきました
ほとんどのスポーツも終わってしまい、あとはニュースくらいしかありません

 くだらないお笑い番組なんかも、時間つぶしには良いのかもしれませんが、どうせ貴重な時間を費やして見るのなら、少しは楽しめる番組が良いのです
 子供達が真剣に物事に取り組むことがなく、醒めていると言われています。一生懸命に物事を行うことは「ダサイ」そうで、恐らく、そのような子供達には、あのような厳しい徒弟制度みたいなものは、理解の範疇を超えているのかもしれません
 僕は、どちらかというと職人肌みたにところがあるので、徒弟制度にも別に嫌悪感は持っていなくて、むしろ、その方が良いとすら思っているのですが、僕の知る限りでも、このようなことはだんだんと失われていき、貴重と思える技術や知恵がなくなっていくのが、残念に思われていたのですが、この番組を見てからは、世の中捨てたもんじゃあないぞ、と思えるようにもなりました

 番組の最後で、佐野さんにいつも楯突いていた人が優勝をし、どのような言動をするのか注目をしていたのですが、最後は、広島弁で「わしの師匠は、一生佐野さんじゃけん・・・・・」というようなことを、つぶやき、それを聞いた佐野さんも、涙をこらえるの必死な感じで、声を詰まらせながら「これで、ガチンコ・ラーメン道は終わる」とだけ宣言をし、会場を後にしていきました
 まあ、演出や構成が加わっているとはいえ、久しぶりに感動した場面でした。サッカーのW杯よりも、はるかに感動したことは言うまでもなく、今思い出しても、目頭が熱くなるくらいです

 それにしても、このように熱い人達は見ているだけでも楽しいですね。醒めている人を何百人も相手をしているより面白くて大好きです。早くラーメン道4が始まらないかと、期待しています


 一昨日から、古い雑感を別のサーバーに移しました。時間帯によっては、混んでいるため表示されるのに時間がかかるかもしれませんが、現行のwakwakサーバーの容量が一杯になってしまったための措置です。見る人も少ないとは思いますが、お許し下さいませ




★2002.12.3 ・・・・・  勉強法・3  ・・・・・
 
 一昨日から、いよいよ師走となり、今年も残すところ、あと1ヶ月となりました

 2回にわたり野生動物の勉強法などを書きましたが、少し考えてみるだけで、いろいろと不思議なことが頭に浮かんだことと思いますし、いろいろな疑問点がでてきたことと思います
 また、図版や写真から自分が想像したことと、解説文に書いている違いは何か?
 逆に、解説文から想像(予想)される像は、等しくあっていたか?
 写真から想像した生態と、解説文の解説は、あっていたでしょうか?
 なぜ、目が大きいのか? 耳が大きいのか? 足が長いのか? 尾が長い?
 ・・・・・等々の理由はわかったでしょうか

 たとえ野外に出ることができなくても、ちょっと工夫をすればこのような勉強方法もあります。もちろん、書いたようなことばかりではなく、猛禽であれば、さまざまなシーンの写真がWEB上でもたくさん見ることができますので、そんなところにも「勉強の種」は、たくさんあります。猛禽の写真を見ながら何をしているのか、ということを想像するのです。当然、飛行している写真が多いのですが、その時には、「視線の位置」・「足の位置」・「そのうの膨らみ」などを見たり、映し出されている環境や、撮影日などをチェックすることにより、いろいろなことを想像することができます
 また、止まっている場合には、どのような場所に止まっているのか、両足立ちで止まっているのか、止まっている環境、撮影日などをチェックしてみてください
 餌を食べているシーンなども、同じようにいろいろなことをチェックすることにより、自分なりに「見えてくる」ものがあると思います

 もちろん、野外での実地観察が一番の勉強になることは言うまでもありませんが、毎日あるいは毎週出かけられるとは限りませんので、野外に出るような時間がなかったり、猛禽や自然に関するスキルアップを図る場合には、図鑑の図版や写真、あるいは写真集やネット上の写真などを覗きながら、頭だけを使った勉強方法もありますので、ご活用してはいかがでしょうか?

 本日の写真は、別にたいしたことはなく、ただの自動販売機の写真です。夜中になると、お酒とタバコの自動販売機が止まってしまうので、あちこち注意をして探しておいたのですが、近所にコンビニができたので、この問題は一挙に解決してしまったのですが、いちおう写真を撮ったので・・・・・・・・



















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